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今治の謎100
今治藩主のお墓があるの?

今治藩主の墓
 幕府の命を受け、伊勢の津へ移り住んだ今治藩主の藤堂高虎公の跡を継ぎ、寛永12年(1635)久松定房公が今治3万石に封じられます。久松家は菅原道真の子孫ともいい、葵のご紋と深い関係のある家柄です。以後、定時、定陳、定基、定休、定剛、定芝、定保、定法と久松家の治世は10代続き、廃藩置県により藩から今治県へと変わりました。藩主だった定法公は東京小川町へ移り住むこととなりました。昭和30年代に県知事だった久松定武氏は藩主の子孫。殿様とも呼ばれていたのです。

 今治藩主の墓は唐子浜に近い古国分寺山にあり、初代の定房、三代定陳、四代定基が奉られ、67基の灯篭に守られて安らかに安置されています。
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